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井垣孝之(弁護士/ブロックチェーンベンチャー/新事業創出・経営改革コンサルタント)。個人が、チームを変え、組織を変え、社会を変えるために必要な物事の考え方や、役立つ情報をまとめるブログです。

法務大臣・東京地検に対する弁護士としての反論、ゴーン氏問題の解決の方向性

昨日、カルロス・ゴーン氏が記者の前で会見を開きました。私も全部見ましたが、特に目新しいこともなく、彼の身の潔白を証明し、世界の世論を味方につけるという点ではむしろ逆効果ではないか、というのが正直な感想です。

 

しかし、彼が有罪か無罪か、という点については、私はまったく興味がありません。日産と検察が仕組んだといった話もどうでもいいです。おそらく多くの弁護人も、この点は同じではないかと思います。

 

彼は、会見で「公正な裁判を受けられるのであれば、レバノン以外でも受ける」、と言っていました。しかし、彼が罪を問われている金融商品取引法及び会社法は、日本の法律ですから、それらに違反するかは日本の裁判所でしか判断できません。それらの公訴事実についての有罪無罪の判断は、日本の裁判所でやっていただければと思います。実質的な意味においても公正な手続で裁判が行われるのであれば、結果はどちらでも構いません。

 

問題は、カルロス・ゴーン氏が何度も繰り返しているように、日本で公正な手続で裁判を受けられるかどうかです。この点について、法務大臣東京地検が矢継ぎ早に批判コメントを出していますが、一方的な内容であり、批判として適切ではない部分があるので、それぞれ引用しつつ反論を試みたいと思います(本当は弁護士会にこういうことをやってほしいのですが)。

 

私は既に日本の刑事司法における捜査段階と保釈までの問題点についてはまとめていますので、興味ある方はこちらもご覧ください。

 

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批判①:裁判所の令状審査は厳格か?

東京地検のコメント

我が国の憲法及び刑事訴訟法においては,例えば,被疑者の勾留は,厳格な司法審査を経て法定の期間に限って許されるなど,個人の基本的人権を保障しつつ,事案の真相を明らかにするために,適正な手続が定められている。

被告人カルロス・ゴーン・ビシャラの国外逃亡について(コメント)

法務大臣のコメント

我が国の刑事司法制度は,個人の基本的人権を保障しつつ,事案の真相を明らかにするために,適正な手続を定めて適正に運用されている。
そもそも,各国の刑事司法制度には,様々な違いがある。例えば,被疑者の身柄拘束に関しては,ある国では広く無令状逮捕が認められているが,我が国では,現行犯等のごく一部の例外を除き無令状の逮捕はできず,捜査機関から独立した裁判官による審査を経て令状を得なければ捜査機関が逮捕することはできない。このように身柄拘束の間口を非常に狭く,厳格なものとしている。

森法務大臣コメント(カルロス・ゴーン被告人関係)ー令和2年1月9日(木)

各コメントに対する弁護士としての反論

確かに、日本の刑事司法においては、警察からも検察からも独立した裁判所が、重要な権利侵害を伴う処分について審査した上で発付する令状がなければ、逮捕や捜索差押などの強制処分はできません。

 

問題は、その裁判所の令状審査がザルで、令状の自動販売機と言われている実態があることです。カルロス・ゴーン氏に関する事件でも、随所で自動販売機は活躍しています。

 

1つ目は、2018年12月10日の2回目の逮捕です。

カルロス・ゴーン氏を初めて逮捕したときの被疑事実は、2010年から2014年までの有価証券報告書の虚偽記載でした。東京地裁は、これで20日の勾留を認めた後、2015年から2017年までの有価証券報告書の虚偽記載の事実で逮捕令状及び勾留令状を発付し、12日間の身柄拘束を認めました。

 

東京地裁は、さすがに2回目の逮捕時は勾留延長を認めませんでしたが、有価証券報告書の虚偽記載を年で分けて逮捕できるなら、いくらでも分割し、延々と身柄拘束できることになります。それにもかかわらず、一度は逮捕と勾留を認めているわけです。

 

また、東京地検は「被疑者の勾留は,厳格な司法審査を経て法定の期間に限って許される」と言いますが、何度も勾留を繰り返して100日以上身柄拘束し続け、被疑者は疲弊しきっているのに、その事実は無視して毎回勾留を許可する東京地裁は、本当に厳格な審査をしているのでしょうか。

 

2つ目は、昨日、東京地検特捜部が弘中弁護士の事務所に捜索差押に入ろうとした件です。

弁護士が業務上委託を受けて所持する物で、他人の秘密に関するものについては、押収を拒絶することができます(刑事訴訟法105条)。したがって、弘中弁護士が、カルロス・ゴーン氏に関して所持している物(パソコンなど)を東京地検特捜部に渡すことは、絶対にあり得ません(もし渡してしまえば、ゴーン氏の秘密を弁護人が漏らしたことになり、大問題になります)。これは、刑事実務に携わる者にとっては常識ですし、当然東京地裁の裁判官も知っているはずです。

 

ところが、東京地裁は、法律事務所ヒロナカに対する捜索差押許可状を発付しました。絶対に拒否されることがわかっている、まったく意味のない捜索差押を許可したのです(検察は、弁護人に拒否させることで弁護人が協力しようとしないといった負のイメージをマスコミに植え付けようとしたのでしょう)。

 

東京地検法務大臣のコメントにあるような厳格な司法審査を、裁判所がしているとは思えない(なおかつその検証もできない)のが実態であり、それが問題なのです。

 

批判②:身柄拘束、取調べ及び保釈のあり方は、基本的人権に配慮していると言えるか?

 

法務大臣のコメント

身柄拘束に関する不服申立て制度もあり,罪証隠滅のおそれがなければ妻との面会なども認められる。全ての刑事事件において,被告人に公平な裁判所による公開裁判を受ける権利が保障されている。

森法務大臣コメント(カルロス・ゴーン被告人関係)ー令和2年1月9日(木)

 

我が国の司法制度が「人質司法」であるとの批判がなされたが,昨日も申し上げたとおり,我が国の刑事司法制度は,個人の基本的人権を保障しつつ,事案の真相を明らかにするために,適正な手続を定めて適正に運用されており,批判は当たらない。

 取調べが長時間であること,弁護人の立会がないこと等取調べ全般に対する批判がなされたが,そもそも,我が国においては,被疑者に黙秘権や,立会人なしに弁護人と接見して助言を受ける権利が認められている。また,適宜休憩をとるなど被疑者の人権に配慮した上,録音録画の実施を含め適正な取調べを行っている。

保釈中に妻と会うことを禁止するのは人権侵害であるとの批判がなされたが,そもそも,逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがなければ特定の者との面会制限などはなされない。

森法務大臣コメント(2)(カルロス・ゴーン被告人関係)ー令和2年1月9日(木)

 

コメントに対する弁護士としての反論 

 

ゴーン氏は、昨日の会見の中で、勾留中、取調べへの弁護人の立ち会いが認められなかった、英語やフランス語が話せる人がいなかった、妻との面会も認められなかった、シャワーは週に2回しか浴びられず、もっと浴びさせてくれと言っても認められなかった、処方薬も飲めなかった、取調べは自白のためであり、真相解明ではなく有罪にするための取調べだったといったことを言っていました。

 

法務大臣のコメントは、これらの事実をすべて無視し、誰も問題として取り上げていない制度について説明しているだけです。

 

法務大臣(彼女は現在も弁護士登録をしています。)は、黙秘権が認められていると言います。

しかし、100日以上にわたって、いつ釈放されるのかもわからず、家族とも会えず、清潔な環境でもなく、話し相手がいるわけでもなく、薬も満足に飲めず、弁護人とはアクリル板越しに話せるだけで、1日の3分の1の時間、ずっと「自白しろ」と言われ続ける状態で、はたして「黙秘権がある」という主張にどれだけ意味があるのでしょうか。

 

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特に、裁判所は、被疑者が否認している事件だと、ほぼ確実に長期間の勾留を認め、さらには弁護人以外との面会を禁止します。勾留場所での弁護人以外の人との面会は、必ず警察官が立ち会います。手紙も検閲されます。それでどうやって罪証隠滅をするというのでしょうか。保釈中も、弁護人の立ち会いの下で面会を認めれば、罪証隠滅をするような真似は絶対にさせません。

 

それでも、裁判所は、結局、勾留中も保釈中も、妻との面会は認めなかったのです。

このような人質司法の実態を省みず、抽象的に権利が認められている、適正に運用している、と言うだけのコメントに説得力はありません。

 

批判③:有罪率99%は、本当に公正な裁判の結果か?

法務大臣のコメント

有罪率が99%であり,公平な判決を得ることができないとの批判がなされたが,我が国の検察においては,無実の人が訴訟負担の不利益を被ることなどを避けるため,的確な証拠によって有罪判決が得られる高度の見込みのある場合に初めて起訴するという運用が定着している。また,裁判官は,中立公平な立場から判断するものである。高い有罪率であることを根拠に公平な判決を得ることができないとの批判は当たらない。

森法務大臣コメント(2)(カルロス・ゴーン被告人関係)ー令和2年1月9日(木)

 

コメントに対する弁護士としての反論 

検察官が、有罪判決が得られる高度の見込みがある場合に限って起訴していることによって、有罪率が99%となっているというのは、そのとおりだと思います。本当に公正な手続によって有罪判決が下され、その結果有罪率が高くなるのであれば、むしろ理想的な状態であるとも言えます。

 

しかし、現実にはそうではなく、数多くの冤罪事件が発生し、冤罪が強く疑われる事件もかなりの数あるという実態があるからこそ、高い有罪率が問題視されるのです。冤罪が発生する原因は結構あるのですが、コンパクトにまとめます。

 

また、この機会に日本の冤罪事件にどんなものがあるかについても、Wikipediaでいいのでご覧いただければと思います。

 

Wikipedia:日本の冤罪事件

 

日本の司法手続で冤罪が発生する原因①:捜査機関による虚偽の自白の獲得

 

最も大きな原因と思われるのが、虚偽の自白の獲得です。

たとえば、志布志事件という有名な事件がありますが、この事件で警察は、警察が本人や家族の逮捕をちらつかせて自白させたり、孫のメッセージに踏み絵のようなことをさせたり、長期間勾留したりして、虚偽の自白をさせました。

起訴された12名は、最終的には全員が無罪となりましたが、警察が冤罪事件を作りあげたという点で非常に有名です。

また、記憶に新しいところでは、PC遠隔操作事件で、やってもいない人が誤認逮捕され、虚偽の自白をさせられたということもありました。

 

この構造は、ゴーン氏の事件でも同様で、東京地検特捜部は、長期間勾留し、家族に会わせないことで、虚偽の自白(虚偽とは言わないまでも、有罪にしやすい自白)を引き出そうとしたものと思われます。

 

この人質司法による虚偽の自白の獲得は、ゴーン氏だけでなく、毎年勾留される約10万人の人たち全員に共通する問題です。

 

日本の司法手続で冤罪が発生する原因②:検察官が被告人に有利な証拠を開示しない

 

日本の刑事制度においては、検察官がすべての証拠を管理し、被告人・弁護人は、検察官から開示される証拠しか閲覧できません。それ以外にどんな証拠があるのか、被告人に有利な証拠があるのかないのかはわからないようになっています。

 

この仕組みにより、これまで多くの冤罪事件が発生してきました。検察は、東電OL殺人事件では、被害者の胸から第三者の唾液が検出されていたのにそれを隠していましたし、布川事件でも検察は被告人に有利な証拠を隠していました。

 

もっとも、刑事訴訟法が改正され、2016年から、公判前整理手続等に付された事件では、検察官に対して証拠の一覧表を請求できるようになりました。ゴーン氏の事件でも、これを既に請求したか、請求しようとしていたのではないかと思われます。

 

しかし、証拠の一覧は開示されても、すべての証拠が開示されるわけではありません。一覧表には「捜査報告書」としか書いていないので、内容はほぼわかりません。弁護人は、どんな内容かを想像して、刑事訴訟法に基づく範囲でのみ開示請求することができるだけです。証拠を全部見せてくれればいいのに、開示する範囲が限られているため、弁護人は証拠当てゲームをしないといけないのです。

 

また、当然のことながら、被告人と弁護人は、限られた証拠で訴訟活動を強いられることになります。

 

検察官と被告人・弁護人とが全く対等ではない状態で行われる公判は、果たして公正と言えるでしょうか?

 

日本の司法手続で冤罪が発生する原因③:裁判官と検察官の特殊な関係性

 

ゴーン氏は、会見で「裁判所ではなく、検察官の言うことが全部通る」といったことを言っていました。これも、弁護人としては理解できるコメントです。

 

日本の検察官は、裁判所の各刑事部ごとに配属されており、同じ刑事部の事件を担当し続けます。したがって、必然的に同じ裁判官と頻繁に顔を合わせることになります。

そういうこともあって、年始には検察官が裁判官室に年始の挨拶に来ます。司法修習中に、裁判官室で、検察官が裁判官と談笑しながら「今年もよろしくお願いしますね」と言っており、「裁判官と検察官は仲良しだなあ」と思ったのをよく覚えています。

 

裁判官が検察官に有利な訴訟指揮をされた、検察官が請求する証拠は採用されたのに、弁護人が請求した証拠は採用されなかったといった経験は、おそらく多くの刑事弁護人が持っているはずです。

 

また、ゴーン氏も言っていたとおり、裁判所が公判前整理手続で検察官の意向をかなりよく聞くために、手続にかかる時間がかなり長くなってしまっています。これにより、裁判がいつ開かれるか、そしていつ終わるのかもわからず、彼の残りの短い人生を裁判だけに費やして家族にも会えない可能性は、彼の逃亡の原因の1つとなりました。

 

以上のとおり、日本の刑事司法においては、起訴前における人質司法、起訴後における証拠開示及び訴訟指揮において、公正であるとは言えない実態があります。このような実態があるにもかかわらず、検察官は確度の高い事件のみを起訴する、裁判官は中立公正に判断するといっても、判決の公正さに疑問は残るということは指摘できます。

 

東京地検法務大臣のコメントに対する批判のまとめ

 

両者のコメントに共通して言えることは、抽象的に「日本の司法制度には問題はなく、公正な手続が取られている以上、ゴーン氏の逃亡は正当化できない、ゴーン氏は自らの責任から逃れているだけだ」と言っているだけです。

 

しかし、日本の司法制度にどんな問題があるのか、事実に即して具体的に説明されると、両者のコメントがいかに空虚かがよくわかるのではないでしょうか。

 

具体的な事実に即しない批判は、机上の空論です。東京地検法務大臣は、単に理念的に正しいと主張するのではなく、ぜひ、実態に即して、本当に日本の刑事手続に問題がないのか、という点に真正面から取り組んでいただきたいと思います。

 

本件の問題の構造と解決の方向性

 

さて、ゴーン氏は身の潔白と日本の司法手続の不公正を主張し、法務大臣検察庁は、日本の手続の公正さと裁判の要求をしているという状況ですが、今後どうなるかを予想してみたいと思います。

 

本件のゴールは、日本の裁判所でゴーン氏が裁かれ、判決が出るという状態以外はないでしょう。そのためには彼の身柄が日本に移送される必要があり、それにはレバノン政府が協力せねばなりません。

 

しかし、今の状態でレバノン政府がゴーン氏の身柄を引き渡すことはまずないと思われます。そんなことをすれば、政府は国民からの信任を大幅に失うからです。

日本との外交関係との天秤になりますので、もしかしたらレバノンが日本からの圧力に屈することはあるかもしれませんが、少なくとも「今の日本の刑事司法制度でゴーン氏を裁かせるわけにはいかない」という主張はするでしょう。また、そのために、大々的に世界に向けて、日本の刑事司法制度の問題点のキャンペーンを張るということも考えられます。

 

そもそも、日本がアメリカと韓国の2カ国としか犯罪人引渡し条約を結べていないのは、日本の刑事司法制度(特に死刑制度が存在すること)に問題があるために、他の国から敬遠されているからです。有り体に言えば、野蛮な司法制度の国に犯罪人を引き渡すなんてことをすると、自国民から批判されるからですね。

アメリカは約70カ国、イギリスは約120カ国、フランスや約100カ国と結んでいる条約です。

 

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その状態を崩そうと思えば、日本政府が真正面から日本の刑事司法制度の問題に取り組むことを宣言する以外に道はないのではないでしょうか。具体的には、人質司法の是正(裁判所の令状審査のあり方、身柄拘束のあり方、取り調べへの弁護人の立ち合い、保釈制度の見直しを含む)と証拠の全面開示です。

 

確かに、日本の刑事司法制度の問題は、ゴーン氏の逃亡との関係では別問題なのですが、彼の身柄の引渡しとの関係では、実は決定的に重要な問題なのではないかと考えます。