弁護士1年目の私が何をしていたか
弁護士1年目の私は、自分で選んだ道とはいえ、心身ともにとてもきつい日々を過ごしていました。
2014年1月に弁護士登録し、同時に弁護士業含めて4つの事業(弁護士業・NPO法人・株式会社・合同会社)を立ち上げたので、無限にやるべきことがありました。ストレスで首と肩はバキバキで、体重は右肩上がりで増え続け、土日は仕事をする以外は寝るだけで終わっていました。
当時所属していた法律事務所は、若手を育成するというコンセプトで、新人弁護士を教育しては2年で独立させるという少し変わった事務所でした。
私は2年で弁護士として独立してやっていけるだけの技量を身につけないといけなかったので、10時から18時までの間は必ず弁護士業をやり、その後に他の事業の仕事をするようにしていました。
2年で独立、使える時間は1日8時間まで、体力的にもきついという制約がある中で、最速で独立してやっていける弁護士になるために、1年目の私がぶつかった壁と、その壁をどう乗り越えたかをご紹介したいと思います。
新人弁護士の私がぶつかった3つの壁
弁護士1年目に私がぶつかっていた壁をまとめると、こんな感じです。
壁①:自分のやっていることが間違っていないか確信が持てない・・・
壁②:何をするにしても予想以上に時間がかかる・・・
壁③:顧客開拓をどうしたらいいかよくわからない・・・
1つずつ、どういうことかと、どうやって乗り越えたかを説明します。
壁①:自分のやっていることが間違っていないか確信が持てない・・・
弁護士は人の人生を預かる仕事ですので、取り返しのつかないミスは絶対にできません。しかし、弁護士1年目だと、そもそも自分がやっていることが、どの程度結果に影響を与えるのかの判断がぼんやりしているため、すべてについて慎重にならざるを得ない状態でした。
たとえば、クライアントとのメールひとつとっても、こんなこと言っていいのか、失礼にならないかなどぐるぐる考えた結果、書くのに非常に時間がかかり、持って回った文章になって、結局何をいいたいのかよくわからない、みたいなことになったりしていました。
また、仕事の全体像がよくわからないため、「何が抜けているのかわからない」という不安もありました。特に、ある手続で実務上やっておいた方がいいけれども、そのようにしろとは法律には書いてない(たとえば和解調書や公正証書の送達申請*1とか、離婚時における年金分割の合意*2とか、仮差押えがしている場合の和解調書における担保取消しの同意条項*3)みたいなものは、意識的に調べておかないと落とします。
これは自分がミスしていることにすら気づけないため、とても怖いと思っていました。
乗り越え方①:弁護士1年目は、テンプレートとチェックリストを作る
メールのテンプレート
メールについては、パターンに応じて書き方のテンプレートを作っていました。たとえば、クライアントから相談されたことに回答する場合は、こんな感じで書きます。
○○さま
いつもお世話になっております。先日ご相談いただいた件ですが、結論としては××と考えます。理由は次のとおりです。
①△△
②◇◇
③●●
ご不明点がありましたら、詳しくご説明させていただきますので、電話等でお気軽にご連絡くださいませ。
よろしくお願いいたします。
井垣
メールは基本的にはPREPと呼ばれるフレームワークに沿って書いていれば、わかりやすく書けると思います。弁護士はメールを書く機会は多いため、メールの時間を減らすことは非常に重要です。
手続のチェックリスト
私がいた事務所は、個人事件は事務局は使わずに全部自分で手続をするということになっていました。これは弁護士の仕事を覚えるのに大変有用でした。
手続きに関する時間の短縮やミスを防ぐためには、ある手続を初めてやるときにその手続の全体についてざっと調べ、いろんな人に質問して、一気に手続のチェックリストを作ってしまうといいです。
たとえば、私は離婚の公正証書を作るときのチェックリストはこんなものを作っています。ちなみに、Evernoteで管理しています。
【準備する書類】・戸籍謄本(子どもがいる場合)・印鑑証明・不動産登記簿(財産分与がある場合)【契約要旨ができたあと】・委任状と契約要旨をホッチキス2箇所で留めて、実印で押印・割印・公正証書作成日に離婚するなら離婚届も用意【条項について気をつけること】・養育費の終期は年月日で特定しないと,単純執行文で執行できない【事前に公証人に送るもの】・印鑑証明書・(子どもがいる場合)戸籍・離婚協議書も送る・委任状には契約要旨を綴じて契印することを伝える【当日の持参資料】・委任状・(送達の委任状は債権者側のみ)・印鑑証明書(必要なのは委任状があるときだけ?)・戸籍(事前確認していれば特になくてもいい)・不動産登記簿・年金分割の情報通知書・その日のうちに離婚するなら離婚届も(または相手方代理人に持ってきてもらう)・作成費用
これは、初めて離婚の公正証書を作るときに、公証人やベテランの弁護士に聞きながら作ったものです。チェックリストは完璧なものでなくて構いません。一度たたき台を作っておくと、2回目以降は頭を使わず、楽にミスのない処理ができるようになるので、圧倒的に楽になります。
壁②:何をするにしても予想以上に時間がかかる・・・
これは壁①と関連する話ではありますが、弁護士1年目だと全体像がわからないため、すべてに時間がかかっていました。特にリサーチと書面作成です。
弁護士1年目だとすべてが初めてのことばかりなので、0から勉強せざるを得ないことがよくありました。また、0から勉強しても結局どうしたらいいかわからないことも、よくありました。
さらに、書面作成、特に訴状や準備書面といった裁判手続に関する書面の作成は、最初はかなり時間がかかっていました。1ページあたり少なくとも1時間以上かかっていたのではないかと思います。
乗り越え方②:事件メモを作り、頭を整理して相談する
リサーチや書面作成にかかる時間を短縮するためには、わかっている人に相談するのが一番です。しかし、事務所のボス弁を含むベテランの弁護士はみんな忙しいので、的確に相談するための準備が必要です。
特に新人弁護士は、前述のとおりそもそも自分がミスしているかすら気づかないことがあるので、早め早めに相談することが大切です。
Step1:事件メモを作成する
まず、事件メモを作成します。事件メモは、相談するか否かを問わず、すべての事件について作成することをおすすめします。私はEvernoteで管理しています。
元裁判官の叔父が作っている事件メモを参考に作った私のテンプレートをご紹介します。
【依頼者】
名前:
住所:
電話:
メール:
紹介者:
【相手方】
名前:
住所:
電話:
メール:
【法的構成】
時系列:
訴訟物:
請求原因:
争点:
解釈・事実認定についての検討メモ:
【進行状況】
1/12 依頼者と打ち合わせ
・××
・××
事件によって構成が変わることがありますが、以上の内容をまとめていれば、事件関係で何か確認したいときにすぐ行動を起こせたり、事実関係を把握することができます。
特に、訴訟物・請求原因・争点については、積極的に言語化しておきましょう。言語化することで、自分が何がわかっていて何がわかっていないかを明確にすることができます。悩みというのは、言語化できれば大体解決します。徹底的に書き出しましょう。
Step2:適切な相談をするためのリサーチをする
相談したいテーマについての予備知識なしに相談するのはあり得ません。それはただの時間泥棒であり、誰に対してもすべきではありません。
ただし、テーマについてのリサーチに時間をかけすぎると、その時間は無駄である可能性もあります。
そこで、相談をするために必要な限度に区切ってリサーチするということをしていました。具体的には、ある事件の処理方針を迷っている場合、自分の中で「こっちで行こう」という①暫定的な仮説と②その根拠の2つがとりあえずできる状態にするまで調べ、それ以上は調べないということです。
時間の目安としては、できれば30分、重たいテーマでも1時間くらいでしょうか。このように、範囲と時間を区切ってリサーチをすることをおすすめします。
Step3:ベテラン弁護士に相談する
リサーチした結果を事件メモに追記し、ベテラン弁護士に相談します。相談するときは、「今、相談しても大丈夫ですか?」と声をかけて、相手の状況を確認しましょう。タイミングが悪いときに相談すると、その後やりにくくなります。
私が相談するときは、①何について相談したいのか、②どんな事実関係か、③争点は何か、④争点に対する自分の考え、⑤結局何を聞きたいのかという順番で説明していました。人によっては、事件メモをそのまま渡した方が早いこともあります。
Step4:詰めのリサーチをする
相談でフィードバックをもらえたら、そのまま鵜呑みにするのではなく、改めて書籍などでリサーチし直すことをおすすめします。なぜなら、フィードバックしてもらった内容がそもそもわかってない可能性が高い(本当にわかってたらそもそも相談しない)ので、フィードバックしてもらったことを自分の血肉にするためです。
また、たまにベテラン弁護士も間違ってるか、自分の説明がまずいこともあるので、念のために裏取りをするという意味合いもあります。
壁③:顧客開拓をどうしたらいいかよくわからない・・・
私は2年で独立する前提でしたから、もちろん依頼者をどう獲得するかは大きな課題ではありました。弁護士1年目は、昔からの知り合いの社長が真っ先に顧問を依頼してくれましたが、それ以外は特に何かつてがあるわけではなかったですし、何より顧客開拓のために割ける時間は全くありませんでした。
したがって、弁護士業としては、ひたすら事務所事件と国選、そしてたまに来る紹介案件をやるしかないという状況でした。
乗り越え方③:目の前の依頼者の期待を上回る事件処理をしよう。
結局、元の事務所に在籍していた2年の間、私はほぼ顧客開拓をしなかったのですが、2年経って独立した後も、結果的に仕事の獲得で困ることはありませんでした。
というのも、国選の元依頼者が知り合いの事件を紹介してくれたり、刑事告訴を依頼された会社の法務担当者が転職してその会社の仕事を依頼してきてくれたり、顧問先が知り合いを紹介してくれたりしたからです。
なぜこのようなことになったのかというと、おそらく私が常に依頼者の期待をいい意味で裏切ることに注力してきたからだと思っています。
たとえば、最初に受けた国選弁護は、いきなり否認事件で追起訴されるというものでしたが、20日間の勾留期間中、17日接見に通い、勾留や勾留延長に対する準抗告、勾留理由開示請求、検察官への面談など、できることは全部やりました(結果は追起訴分も含めてすべて処分保留釈放)。
他にも、刑事告訴を依頼した案件では、単に刑事告訴をするだけでなく、なぜ告訴をするような事態に陥ったのかという原因分析と今後の改善策を検討し、役員のみなさんにプレゼンするということもやりました。
意外に思われるかもしれませんが、単に依頼者から依頼されたことを一生懸命頑張るというだけでは不十分です。
依頼事項を完璧に遂行することは当然で、依頼者からの依頼事項や事件処理の状況から、「おそらくこの依頼者はこういうことをしてあげるともっと満足してくれるだろう」という仮説を立て、依頼者に確認して、実行するというプロセスが必要です。
ポイントは、立てた仮説を実行していいかを必ず依頼者に提案して、承諾を得ることです。このプロセスを飛ばすと、ただの自己満足になります。
依頼に100%応えるだけでは足りません。最低でも101%のクオリティの仕事をし続けることが、最も効率の良い顧客開拓方法だと思います。
制約と覚悟が、自分の壁をぶち壊す。
弁護士1年目は、正直かなりきつかったです。
しかし、平日1日8時間しか弁護士の仕事はできないという制約と、その時間内に依頼者を120%ハッピーにするクオリティの仕事をしつつ、2年以内に独立してもやっていけるレベルの力量を身につけるという覚悟があったからこそ、3つの壁を壊せたのだと感じています。
独立後は、複数の事業を並行して経営しながら、さらに手を広げ、現在は新規事業創出コンサルティングにも注力しています。これに伴い、現在は週3日しか弁護士業はできなくなっていますが、売上は年々増え続けています。これは、仕事のクオリティとスピードを上げ続けているからです。
逆説的ではありますが、弁護士1年目のときに、私が弁護士の仕事しかやっていなければ、今のような仕事は絶対にできなかったでしょう。
単に言われたことだけをやっている人と、制約と覚悟を持ってやっている人とでは、5年も経つともう挽回不可能なくらいの差が付きます。同じアウトプットでも、ダラダラ長時間仕事をして出すのと短時間で出すのとでは全く意味合いが異なります。
自らの仕事に敢えて制約を課し、その制約の中で手を抜かずに絶対にやり抜くということをしていただければと思います。
*1:強制執行するときは、判決書や和解調書が相手に送達されていなければなりませんが、和解調書や公正証書については送達すべきという根拠条文がありません。実務上は書記官が和解成立時に確認してくれることがほとんどですが、義務ではありませんし、公証人はそもそも確認もしてくれないので、和解成立時に送達申請をし忘れると、強制執行するときに改めて送達することになり、これから執行することがバレバレになります。
*2:離婚時に合意しなくとも年金分割を請求する方法はあるのですが、離婚した日の翌日から2年を過ぎると請求できなくなります。昔、相手方代理人(年金分割を請求できる側)が、年金分割の規定を公正証書に盛り込むことを失念しているということがありました。とっくに2年を過ぎているので、おそらくもう年金分割はできないでしょう。
*3:なくても担保取消しはできるけれども、担保金の取り戻しにかかる時間が、同意がある場合に比べて2ヶ月くらい長くなる